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Monday, May 30, 2005

北岡和義ブログ第30回 人脈論を構想している

北岡和義ブログ第30回です。グローバル社会とは人脈のネットワーク社会のことです。いま重要なのは人脈論の構築なのです。5月26日昼、事務所を訪ねてくださった国際大学グローバル・コミュニケーション研究所の宮尾尊弘教授に人脈論を研究、講義してみたい、といった話をしたら興味を持ってくださった。翌日、さっそくぼくが話した内容を適確にまとめ原稿として研究所のウエブに掲載したい、というメールをいただきました。以下は宮尾教授がまとめてくださったぼくの考えです。 (2005年5月30日記)
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日本における新しい人脈と対話の必要性
北岡和義(JATV社長)
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現在の日本を覆う閉塞感
私は以前の論文「警告:日本の思想的鎖国」(“Warning: Japan’s Ideological Seclusion”:http://www.glocom.org/debates/20040607_kitaoka_warning)で、最近の日本では「思想的な鎖国」とでも呼ぶべき態度が見られることについて警告を発した。誰もが内向きになり、グローバル化した外の世界を見ようとしないし、また見ることができないでいる。これが若者も中高年も含めて日本人の深刻な弱点になりつつある。
そのように日本で閉塞感が支配的になった一つの理由は、日本人が非常に古くて狭い人間関係に押しつぶされているからである。伝統的な人脈というのは、派閥や学閥に代表されるように会社や学校などで形成された排他的で縦割りの関係に基づいており、いまだに日本人の職場や日常的な生活でも大きな影響力を持っている。そのような人間関係は、すでに確立した集団の既得権を守る上では有用であるが、グローバル化時代においてより開かれた創造的な社会を発展させる上では障害になってしまった。
その結果として、例えば日本ではベンチャーに必要なエンジニア、法律家、会計士など様々な専門家とコンタクトして、ビジネスをゼロから立ち上げられる人は非常に少ない。その理由は、これまでの古い人間関係が同じ会社や同じ業界のサラリーマンといった同質的な仲間の間に限られていたからである。たとえ仕事の関係で他の分野の専門家と知り合ったとしても、単に知り合ったというだけでは不十分で、それだけでは目的とリスクをともにしてビジネスを立ち上げるよう説得することはできないであろう。
もちろん若者たちは古風な人間関係を嫌ってそれを拒絶している。しかし、彼らはその代わりにオンラインのチャットやゲームの「おたく」といったバーチャルな関係に陥るか、あるいは現実から逃避して「引きこもり」になってしまう。いうまでもなく、これが約50万人といわれる「ニート」(仕事にも学校にも行っていない成人)や200万人といわれる「フリーター」(定職をもたずアルバイトを転々としている者)の存在と無関係であるはずがない。彼らの中にはインターネットを使って様々なオンライン活動をやっている者もいるが、彼らの世界は現実には非常に狭く、ごく少数のコンピューターおたくの間で親しい関係を形成している場合が多い。ここで危険なのは、彼らが幻想の世界に生きていて、彼らの人間関係が実際にどれだけ狭いかを悟れないことである。
自己の価値と意見の重要性
閉じられた人間関係や失われた人間関係の悪循環を打ち破るために、いまこそ日本で新しい人脈と対話を確立する必要がある。まず、自分自身の価値と意見を持ち、また常識も兼ね備えなければならない。それこそが他人と社会的に意味のある関係を築く上で最小限必要なことである。なぜなら常識を踏まえた上で自分の意見をもてない者は、人間関係に何の価値も付け加えることはできないからである。この点がこれまでの古い人脈に欠けているものであり、これまでは特定のグループのメンバーは、自分の意見を主張するのではなく、そのグループの価値や意見を受け入れることが当然とみなされていた。
さらに日本では、他人と対話する新しい方法を開発する必要がある。他人の言うことのすべてに同意することが良い対話ではない。もちろん対話がないことはそれ以上に問題である。いずれにしても、まず一般社会の礼儀と常識を踏まえた上で、自分の見方や意見をはっきり述べ、また他人の意見に耳を傾ける。そしてお互いから学ぶことで、客観的事実と自分と異なる解釈や価値判断をよりよく理解できるようになるのである。その結果、知識が豊かになり、知恵となって、予想不可能な世界での生活にとって役立つものになるであろう。その意味で、シナジーを生み出すような様々に異なる人たちと接触するほうが、何も新しいものを生まないような同質的なメンバー内にとどまるよりも有益であるといえる。
いったん他の分野の人とコミュニケーションをとれば、自分の見方が広がり、理解も深まり、もっと他の分野の人々とコンタクトしたいという希望もましていき、外国の人とも交わるようになっていく。それが新しい人脈と対話の好循環へと導いていくであろう。この過程で、自分の目的とリスクを共有して、一緒にベンチャービジネスやボランティア活動をやろうという人たちと知り合うかもしれない。ここで強調すべきは、情報化時代になっても、フェース・トゥー・フェースのコミュニケーションが相互の信頼と仲間意識を育てる上で決定的に重要であり、それがオンラインのコミュニケーションを有効に使うための基礎になるということである。
この点で日本は、ディベートとオープンなコミュニケーションの精神が一般化している西欧社会から学ぶことができる。実際に西欧人にとっても、就職から大統領選挙にいたるまでほとんどの社会的に重要な決定を行なう場合に、ファース・トゥー・フェースのコミュニケーションが最終的にものをいう。そして異なる組織や分野を超えた交流により、社会的な移動が活発になり、人材の効率的で望ましい再配分をもたらしているのである。
日本では、このようなオープンな人脈づくりや対話を始めるための障害は、各人の他人に対する態度だけであり、その他の障害は存在しない。確かに教育や訓練といった社会的な政策が新しいタイプの社会関係を確立する上で助けになるかもしれないが、それが十分でないことをもって自分が第一歩を踏み出さないことの口実にしてはならない。もし今すぐに皆が他人に対して自己の意見を表明して対話を始めれば、社会の雰囲気は明日にでも変わるであろう。

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