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Wednesday, May 18, 2005

北岡和義 ブログ25回LA市長にメキシコ系二世、ビャライゴサ氏

北岡和義ブログ第25回です。 5月17日に行われたLA市長選決選投票で、メキシコ系二世、市会議員のアントニオ・ビャライゴサ氏(52歳、写真)が、現職、ジェームス・ハーン氏を破って初当選しました。ヒスパニック系のLA市長は1872年以来133年ぶり、といいますが、当時のLAの人口はわずか5000人でしたから今のLAとは比較になりません。

現在、ロサンゼルスの人口は370万人、LA都市圏はニューヨークに次いで全米第二位。ヒスパニック系でメジャーの市長としては1980年代のテキサス州サン・アントニオ市長、ヘンリー・シスネロスや1983年、36歳でデンバー市長選に挑戦して4445票という僅差で当選したフェデリコ・ぺーニャを思い出しますが、西海岸最大、アジア化が進んでいる巨大都市ロサンゼルス市長にメキシコ系移民二世、ビャライゴサが当選したことの政治的意味は大きいと思います。

前回の市長選もジェームズ・ハーンとビャライゴサ、民主党同士の対決でしたが、この時はビャライゴサが敗退してハーンが当選、ビャライゴサは市議会議員に留まったのですが、今回は二度目の挑戦、ヒスパニック系市民は言うまでも無く、反ハーン色を鮮明にした黒人層の支持を取り付けたこと、ウォーレン・フルタニら日系の支持も得て、現職を破り市長の座を奪還しました。

ロサンゼルス市ではメキシコ系が人口の48%で断然トップ、白人は30%、アフリカ系(黒人)11%、アジア系10%とマジョリティであるはずの白人が実態はマイノリティ(少数派)なのです。 もともとカリフォルニア州はメキシコ領でした。1848年、米墨戦争に勝利した第11代大統領、ジェームズ・ポークがメキシコから割譲(買収とは言うが事実上、強奪した)して、アメリカは大陸国家となったのです。

現職の敗北といいますと2003年10月、住民投票でリコールが成立して知事の座を追われた民主党、グレイ・デービスとハリウッド俳優、アーノルド・シュワネッツガーの対決を思い出します。デービスとハーンにはカリスマ性の無さ、大衆にアピールする指導者としての魅力欠ける共通の欠点があったように思います。市長職はもっとも住民に近く、それだけに政策の一つ一つが住民の共感や反感を招き易い政治ポストです。黒人の市警幹部を罷免し、黒人住民の反感をかったことも敗北の一つにあげられています。

ビャライゴサは父親不在の母子家庭のような環境で育ったメキシコ系二世ですが、カリフォルニア州下院議員のとき、全米日系人博物館の設立に尽力したことを日系の集会では強調していましたが、日本のことをどれほど知っているのか疑問です。ハーンもその前のリチャード・リオダン市長もほとんど日系社会への関心は薄く、市長と接する機会はありませんでした。

名市長と言われた黒人市長、故トム・ブラッドレーが実にこまめに日系のイベントに顔出してくれた1980年代が遠い昔になってしまいましたが、さて、ビャライゴサの市政でマイノリティに対する施策はどうなるのか興味あるところです。(2005年5月18日記)

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