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Sunday, May 08, 2005

北岡和義ブログ第18回週刊誌批判の英文の本出版

北岡和義ブログ第19回です。5月7日夜半過ぎ、長年の親友、渡辺武達同志社大学教授から電話がありました。サンフランシスコでアメリカのテレビのインタビューを受けてLA経由で帰国するのだという。寝る前にいっぱい飲もうとホテルに出向くと『A Public Betrayed』という英語の本(写真)を渡されました。「裏切られた人々」といった意味でしょう。日本の週刊誌状況について書き、批判した書です。

渡辺教授とアメリカ人ジャーナリスト、アダム・ギャンブル氏の共著で、日本のメディア状況が英文で、アメリカで出版されたことは現代の日本理解に一石を投げかけることは間違いないと思います。もちろん欧米にも低俗なイエロー・ジャーナリズムと言われるスキャンダルや扇情的な記事で売る新聞や雑誌は存在します。それ対して真面目に報道、評論を載せる新聞や雑誌はクオリティ・ぺーパーと呼んで、社会に大きな影響力を持っています。

ところが、日本のようにメジャーの出版社が発行する週刊誌が、政治、経済や国際問題を取り上げる同じ誌面で、裸の女性の写真を載せ、セックスやスキャンダル記事を満載する、といった雑誌はアメリカ人の理解を越えます。以前、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で、ジャーナリズム論を教えていたアメリカ人教授に頼まれて、日本のメディアについて講義した事があります。教室に日本の週刊誌や月刊誌を持ち込んで、その内容を学生に見せたら、信じられないという驚きの声があがったことを思い出します。

文芸春秋とか講談社、小学館、新潮社といった、いわゆる大出版社が発行している週刊誌の中身のおぞましさ。もう、「報道」とはほとんで言えない、売らんがためのウソ、歪曲、捏造記事のオンパレードを本書は具体的に記述し、日本のメディア状況の腐敗、堕落を書いている、と言えば本の内容が想像できるでしょう。

ぼくの実感では25年前、渡米した1979年以前に比べ、週刊誌に限らず日本のメディアは大新聞、巨大テレビ含めて確実に低劣、堕落していると思います。情報番組と言われるスタジオ構成でおしゃべり中心の安易な番組作り。大衆の覗き趣味や感情に訴える内容が先行して、ニュースを真面目に取り組み、考える番組のいかに少ない事でしょうか。

1995年2月、文芸春秋社が発行していた『マルコポーロ』という雑誌が、「ナチガス室はなかった」、という記事を掲載してユダヤ人の怒りをかったことがあります。ユダヤ人の抗議に文春は、ついに『マルコポーロ』を廃刊にして対処しました。どうしてそうした荒唐無稽の記事が、ただ読者の興味を惹こうとして企画されるのか、メディアの堕落としか表現のしようがありません。

もちろんメディアも商業新聞、雑誌、テレビであるかぎり「売らねばならない」ことから来るプレッシャーで編集長やプロデューサーの煽情的な記事や番組となる事は否めませんし、アメリカのメディアにもそうした傾向を否定できませんが、それも程度問題です。

渡辺教授は2001年、ハーバード大学で客員教授としてメディア状況を研究、数多くの本を書いていますが、英語で出版したのは本書が初めてです。今回のテレビ、インタビューも中国における反日デモについてのアメリカのジャーナリズムの関心だったと言います。

なぜ、小泉首相がムキになって靖国神社を参拝するのか。アメリカ人には理解できないでしょう。韓国人や中国人の憤激を現職の総理大臣本人が助長する政治行動に出る、といった馬鹿げたことが罷り通っている現実をきちんと書いた本書は、アメリカ人の対日観にインパクトを与えると思います。願わくば早急に日本語訳が出版されることです。(2005年5月8日記)

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